富山県南砺市(旧福野町)の旧授眼蔵図書館|吉田鉄郎の建築 2024.08.16 逓信省技師の肖像 旧授眼蔵図書館の概要旧授眼蔵図書館は、福野出身の建築家である吉田鉄郎(旧姓 五島)が東京大学建築学科在学中に設計し、1919年(大正8年)に建てられた鉄筋コンクリート造り平屋建ての建物です。当初は西方寺の私設図書館として開館し、後に福野町立図書館として利用されましたが、現在は福野文化創造センター
琉球郵政の追憶|米軍の酸素ボンベを利用した代用ポスト(郵便ポスト) 2024.08.15 郵便ポストの話題 (写真:那覇市歴史博物館 提供)沖縄における郵便展開と戦後の歩み南西諸島は1874年(明治7年)1月に日本の郵便網に組み込まれました。日本の台湾出兵のため、通信手段の確保が急務となったのです。日本の郵便が停止したのは太平洋戦争末期の沖縄戦で、昭和20年(1945年)3月にアメリカ軍が沖縄に上
かつての伊勢本街道沿いの小さな集落に現存する旧榛原高井郵便局 2024.08.13 レトロ郵便局舎 旧榛原高井郵便局の概要榛原高井(はいばらたかい)と読みます。榛原高井郵便局の所在する榛原町高井は山間部の狭隘な谷間にある小さな集落で、かつては伊勢本街道と呼ばれる伊勢参りの主要な道が通っていました。この地域は、伊勢方面へ向かう道が多くあり、現在ではその区別が曖昧です。高井は宿場町として栄え、近隣
長崎街道の宿場町(塩田宿)及び塩田川の河港(塩田津)とともに知られる旧塩田郵便局 2024.08.09 レトロ郵便局舎 旧塩田郵便局の概要塩田郵便局のある塩田津(しおたつ)は、佐賀県嬉野市塩田町にある街区で、古くは河港として知られていました。かつて有明海の干満による水運と長崎街道の陸路が交差する賑わいを見せた町で、平成17年(2005年)に国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されました。江戸時代の建築様式である白
オシャレなパン屋さんとして活用されている旧美祢郵便局 2024.08.06 レトロ郵便局舎 旧美祢郵便局の概要美祢(みね)と読みます。郵便局名にもなっている美祢郡は山口県(旧長門国)に位置していた郡で、現在の美祢市の大部分に相当します。1879年(明治12年)に行政区画として設立された時、郡域は今日の美祢市の大部分(豊田前町などの一部を除く)を占めていました。郡役所は大田村に設置されま
「肥前浜宿の歴史的な町並み」(国の重要伝統的建造物群保存地区)の中にある旧浜郵便局 2024.08.02 レトロ郵便局舎 旧浜郵便局の概要浜町郵便局がある浜町は、江戸時代には多良街道の宿場町として、また有明海沿岸の港町として繁栄していました。陸路と海路の接点であり、物流の起点ともなったこの地域は、江戸から明治にかけて商業の中心地でした。現在では町の中心が現市街地に移りましたが、当時の発展を反映して、街道筋には歴史的
林業がさかんだった山間部に現存するレトロ局舎|旧芦安郵便局 2024.07.30 レトロ郵便局舎 旧芦安郵便局の概要芦安村は山梨県中巨摩郡に位置していた村で、現在は南アルプス市の一部です。この地域は県の中央西端、郡の西端に位置し、主に山林から成り立っています。村域は北西から南東に長い帯状で、中央部にはフォッサマグナの断層が走っています。西部は富士川の支流である野呂川が、東部は御勅使川が流れ、
岡山県真庭郡(旧大庭郡)に存在した旧河内(こうち)郵便局 2024.07.26 レトロ郵便局舎 旧河内郵便局の概要河内(こうち)郵便局と読みます。大庭郡河内村は明治22年(1889)6月1日、町村制施行に伴い、大庭郡上河内村、下河内村、中河内村が合併して河内村が発足。役場は大字中河内に置かれました。その後、明治33年(1900)4月1日に大庭郡が真島郡と合併し、真庭郡となり、河内村も真庭郡
平成18年に集配廃止・平成24年に廃止された旧三国郵便局 2024.07.23 レトロ郵便局舎 旧三国郵便局の概要三国村(みくにそん)は岡山県和気郡に位置していた村で、現在の備前市吉永町加賀美、笹目、多麻、都留岐(つるぎ)に該当します。旧国名でいえば、備前に属しますが、美作・播磨地域に接することから、「三国」という地名になりました。1878年には都留岐に戸長役場が設置されました。三国村とし
中山道と北国脇往還(善光寺街道)の交差点に位置する旧洗馬郵便局 2024.07.19 レトロ郵便局舎 旧洗馬郵便局の概要洗馬(せば)郵便局のある洗馬は中山道と北国脇往還(善光寺街道)の交差点に位置する宿場町として知られます。洗馬宿とは、馬の足を洗うと元気を取り戻すという言い伝えにちなんで名付けられたとされます。洗馬宿の特徴的な場所として、中山道と善光寺街道が分かれる「別去れ」があります。道標には
横田診療所として活用されていた旧越ヶ谷郵便局 2024.07.16 レトロ郵便局舎 旧越谷(越ケ谷)郵便局の概要越谷市自体は、江戸時代に日光街道の宿場町として栄え、現在は埼玉県の南東部に位置する中核市で、人口は約34万人となっています。市名の由来は、大宮台地の麓にある低地、すなわち「越ヶ谷」から来ています。市は1958年に市制施行され、その後急速に都市化が進みました。越谷駅は東
「YORAIYA角盤」として再生第2フェーズを迎えた旧米子角盤町郵便局 2024.07.15 レトロ郵便局舎 米子角盤町郵便局ができた頃は中海でタツノオトシゴを「この局舎ができた頃は中海もきれいで、漁船も多く出ていました。タツノオトシゴを手ですくったこともあるんですよ」という90歳を超えた角盤文庫の店主がいました。本サイトの管理人がこれまで行ってきたレトロ郵便局の旅の中でもとりわけ印象に残る出会いでした