大正時代の鉄筋コンクリート造りの現役局舎|山形七日町二郵便局 2022.06.18 レトロ郵便局舎 山形七日町二郵便局の概要山形七日町二郵便局は昭和13年4月16日に開局した郵便局(無集配)です。開局当初から通話と電報受付事務を行う局でした。山形市内の中心部に位置する七日町2丁目7-14(昭和37年11月末までの所在地名は七日町484)にありましたが、昭和47年5月8日に現在の七日町2丁目7-
第一種郵便などの区別ができたのはいつ?|明治16年 2022.06.17 日本郵便史の知識 郵便条例施行=明治16年1月1日「明治一四年の政変」で、明治14年11月、前島密は駅逓総監を辞職、その後に野村靖が就任しました。それから約1年後の明治15年12月、郵便条例が公布されました。施行は明治16年1月1日でした。これまで毎年年末に翌年の郵便事業運営の基本となる郵便規則及び罰則が公布され
旧英彦山小学校舎内職員室で営業中|英彦山神宮前簡易郵便局 2022.06.16 レトロ郵便局舎 英彦山神宮前簡易郵便局の概要英彦山(ひこさん)と読みます。英彦山は古来から神の山として信仰されていた霊山で、天照大神(伊勢神宮)の御子である天忍穂耳命を御祭神としています。かつては「日の子の山」を意味する「日子山」と呼ばれていました。嵯峨天皇により819年に「日子」の2文字が「彦」に改められ、次
ブックカフェ・高級旅館として活用|柳田国男ゆかりの旧辻川郵便局 2022.06.15 レトロ郵便局舎 旧辻川郵便局の概要辻川郵便局は明治15年11月27日設置の西田原郵便局が始まりで、明治23年4月1日に辻川郵便局となりました。その後、昭和31年10月1日に福崎郵便局となっています。登録有形文化財となっているのは、三木家が郵便局長に就いたことを機縁に大正12年に自宅横に立てた旧郵便局舎で、昭和3
計算し尽くされた緊張感が漂う旧大阪中央郵便局|吉田鉄郎 2022.06.14 逓信省技師の肖像 旧大阪中央郵便局の概要大阪中央郵便局(大阪市北区中之島2丁目)は逓信省技師の吉田鉄郎が設計した局舎の1つで、昭和14年3月に竣工しました。東京中央郵便局が白系統であるのに対して、大阪中央郵便局が黒系統の外壁となっているのは、防空上の理由と当時の大阪のスモッグを考慮して決定されたとされます
加茂市指定文化財 鶴巻家住宅敷地内に所在|旧七谷郵便局 2022.06.14 レトロ郵便局舎 旧七谷郵便局の概要鶴巻家は当地域の豪農として知られ酒造業などを営んでいました。明治22年から切手や印紙の販売の許可を得て、大正15年に郵便取扱所が設置、旧七谷郵便局舎自体は昭和56年まで郵便局として利用されていました。現在の建物はその当時のもので、木造2階建です。施工にあたったのは加茂出身の佐藤
映画に登場する架空のレトロ郵便局|備後栄町郵便局 2022.06.13 レトロ郵便局舎 架空の備後栄町郵便局重松 清氏のベストセラー作品を映画化した「とんび」(2022年4月8日公開)ですが、そのオープンセットが作られた岡山県浅口市金光町大谷の商店街に、架空のレトロ郵便局(備後栄町郵便局)が再現されています。こちらの建物は、宗教法人「金光教」東中国教務センターとして普段は使われてい
浜脇2丁目交差点付近にあった|旧別府浜脇郵便局(解体済) 2022.06.13 レトロ郵便局舎 旧別府浜脇郵便局の周辺について別府郵便取扱所ができたのは明治5年7月1日のことで、今日の別府郵便局の始まりです。それとは別に明治19年7月に設置された小規模な浜脇郵便取扱所がこの記事のテーマです。浜脇もしくは浜脇温泉は、別府駅から徒歩20分ほどのところにあり、かつての別府温泉の中心地でした。明治
万国郵便連合加盟がもたらしたもの|明治10年 2022.06.10 日本郵便史の知識 万国郵便連合への加盟明治10年6月、日本が3年前に創設された万国郵便連合(UPU)に加盟しました。連合加盟国は、それぞれ二国間条約を締結することなく、連合の単一条約に基づいて加盟国相互で郵便が交換できるようになるのです。その後、イギリスとフランスの在日郵便局も撤退し、わが国の郵便自主権が完全に樹
福島県中通りの歴史ある温泉地に所在|旧岩瀬湯本郵便局 2022.06.10 レトロ郵便局舎 旧岩瀬湯本郵便局の概要福島県の岩瀬温泉は9世紀の初めに嵯峨天皇の病気を治すために発見された歴史ある温泉として知られます。岩瀬湯本郵便局は同地で明治10年8月に湯本郵便局として開局したのが始まりで、岩瀬湯本郵便局と改称したのは明治44年4月のことです。なお、福島県天栄村は福島県中通りに位置し、昭和
白抜記番印・小型ボタ印・大型ボタ印 2022.06.09 マルコフィリー 一等局の消印の変遷(白抜記番印・小型ボタ印)郵便取扱数の多い一等局では、切手の抹消と証示を同時に行う、二重丸印軸に抹消印を取り付けた「二連印」を使用しました。最初に登場した「白抜記番印」(下)は、明治8年1月から東京本局で使い始め、ほかの6局がそれに続きました。次いで、「白抜十字印」が14の一等
重要文化財 旧京都中央電話局西陣分局舎を遺す|岩元 禄 2022.06.09 逓信省技師の肖像 旧京都中央電話局西陣分局舎の概要レトロ郵便局、逓信建築を追いかけていると、逓信省技師の岩元 禄(いわもとろく)に行き着くことになります。岩元は鹿児島県生まれの建築家で、大正7年に東京帝国大学工科大学建築学科卒後、逓信省に入省しました。建築家として将来を嘱望されつつ、結核にかかり、29歳の若さで世