奥地の炭鉱開発とともに形成された集配局|旧我路郵便局

旧我路郵便局の概要

我路郵便局は設置時点の名称である美唄炭山郵便局といったほうがわかりやすいかもしれません。同局は大正時代の炭鉱開発とともに大正5年7月16日に設置された局で、初代炭鉱長が付けたとされる地名を採用して我路郵便局と改称になったのは昭和9年4月1日のことです。昭和24年4月1日には普通郵便局に改定されました。しかし相次ぐ炭鉱の閉山にともない、昭和47年11月13日に集配廃止し、昭和48年7年16日に普通局からなんと簡易郵便局に改定されるという歴史をたどりました(集配普通局が簡易局に降格するのにわずか9カ月!)。簡易郵便局としては平成26年8月末まで存続しましたが、一時閉鎖されました。おそらく再開されることはないものと思われます。

郵便局が廃止になってから約6年が経過した頃、実際に現地まで足を運ぶと、旧郵便局周りに建物はほとんどなく自然に還っていたので、かつて当時3万人が住んでいたとはとても想像できない様子でした。旧局舎前のポストだけは現役で使われていましたが、令和元年7月の末日で使用が終わる旨の貼り紙がありました。(2019年7月取材)

我路郵便局-昭和35年消印

我路郵便局-昭和35年消印

レンガ造り旧我路郵便局

レンガ造り旧我路郵便局。かつて集配局だったことを伺える大きな局舎となっている。

旧我路郵便局の詳細情報

かつて我路の町で暮らしていたという老夫婦から伺った話は次のとおりです。

「今ではその集落に10軒しか残っていない。郵便局がある通りが三条通り、下が二条通りだった。びっちり建物が並ぶ商店街で、お祭りの時にはたくさんの人で賑わった。郵便局裏に残っている建物はかつて映画館で、その後スリッパ草履などの工場になり、それも廃業になった。お寺もたくさんあったが、今残っているのは1カ所のみ。郵便局裏手の煙突は熱供給をしていた名残。家に蒸気を送ってお風呂を沸かしていた。消防施設が右にあり、郵便局の上が電話局だった。昔は市外電話をしに郵便局を利用した。(主人は)もともと炭鉱の仕事に就いていた。三菱の炭鉱。鉄道(三菱鉱業美唄鉄道線)も通っていたが廃線になり、一時期サイクリングコースとして利用されたが、木が生い茂り怖いということでそれも終了になった。町にお金もないので建物を取り壊すこともできない」(2019年7月取材)

参考サイト
炭鉱が生んだ大都会 我路の風景

旧我路郵便局

旧我路郵便局を坂の上から見下ろしたところ

旧我路郵便局のアクセス

所在地
〒072-0853
北海道美唄市我路町3条

アクセス
JR函館本線「美唄駅」から6.4km

旧我路郵便局

旧我路郵便局の裏手

旧我路郵便局・旧我路簡易郵便局の基本情報

旧我路郵便局・旧我路簡易郵便局の沿革
大正05.07.16 設置 三等無集局 設置名称「美唄炭山」
大正10.02.16 集配開始
昭和09.04.01 現名称に改称
昭和16.02.01 特定郵便局に改定
昭和24.04.01 普通郵便局に改定
昭和47.11.13 集配廃止  引継:美唄
昭和48.07.16 廃止  引継:美唄

昭和48.07.16 設置 簡易局
平成26.09.01 一時閉鎖

沿革は『日本郵便局名鑑 』森 寿博 編著/武田 聡 追補/鳴美、2021年より。

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