井上 卓朗(いのうえ・たくろう)
「月刊 たんぶるぽすと」Vol.52-2021
(*著者・株式会社鳴美・資料所蔵館の厚意により転載の許諾をいただきました。メイン写真は山形県銀山温泉。サイト管理人)
(7)山形県の事例
山形県では、明治5年7月19日、各区戸長を伝達所とする「管内限り公状方法」を設けたい旨、県の郵便掛から駅逓寮に対し次のように上申を行なっている(34)。
駅逓寮御中
此度東京以東北国々一般郵便御取開二相成偏陬僻地迄モ郵傳行届侯様可致御主意ニ而既ニ福島ヨリ米澤通リ青森本道並左澤酒田道ハ御取開二相成毎月十二度或ハ三度宛相通シ猶外ヶ所々々迄モ迫々可相開ハ勿論ニ候得共管内商旅不通之村々ニ而日々之郵便御取開可相成程之見込モ無之且又御規則之通リ取行侯テハ莫大之御損失ノミニ而左程ノ洪益モ不相見侯処従来県庁ヨリ布告状廻達並戸長副始呼出シ等日々之公状逓送方細則無之侯ニ付此度郵便本法ニ基キ権冾之処置ヲ以管内限リ日々傳達方法相設ヶ度別冊之通リ取調夫々可申達存侯処別段傳達切手ヲモ相製シ且切手賣代脚夫賃等モ不同有之事ニ付若シ郵便公制ニ於テ御障碍有之間敷哉為念及御聞合侯右ハ指迫候事情モ有之事ニ付早急御報被下度此段申進侯也
壬申七月十九日 山形県郵便掛
駅逓寮御中
管内限リ公状方法
一管内限リ公状傳達便利之為メ各国ニ御用状伝達所ヲ設ル事但毎区戸長副戸長ノ内ニ而兼勤スベキ事
一山形戸長会所ヲ元傳達所トシ郡中ニ配達スヘキ事
一各区傳達所ニ於テ傳達切手ヲ売捌ク事
但切手ハ元払先払私状卜三色ニ分チ製スル事
一傳達夫賃ハ昼夜兼行一里ニ付三百文卜定メ半道内ハ二百文之事
但一時三里行遅延スヘカラサル事
一公私共ニ書状ヲ出サントスル者ハ傳達切手ヲ買置キ書状一通ニ付五里内ハ百文十里内ハ弐百文拾五里内ハ三百文廿里内ハ四百文卜定メ切手ヲ書面ニ張付ヶ之ヲ傳達所ニ託スヘキ事
但先払切手ハ県ノ呼出シニ限リ他ハ用ユヘカラサル事
一各区傳達所ニテハ里数相當ノ切手張付タル公私之状ヲ受取置キ切手ハ墨ニテ消シ公状ハ直様継立私状ハ定日ヲ以テ互ニ傳送スヘキ事但公状通行ノ時ハ定日之外タリトモ私状ヲ付ヶ迭ルヘキ事
一私状ノミニ而管内ヲ一周スル便リハ時間不定勿論昼夜兼行ニ不及事
一元傳達所ニテハ日々第三字限リ其日ノ公状ヲ取纏メ帳冊ニ記載シ近傍各区之傳達所ニ配達シ区順ヲ以テ聊無遅延昼夜兼行逓送スヘキ事
但其日公状一封モ無之私状ノミニテハ差立相扣可申事
一各区ノ傳達所ニテハ刻付ヲ以テ順ニ継送リ各其区々村々エ可達書状ヲ改メ請取印イタシ之ヲ其當人ニ傳付スル事
但其村之戸長ヨリ送ル者ハ無賃之事
一御用品ニヨリ先払之公状賃銭其當人ヨリ可取立分ハ一時其区之傳達所ニテ差替置キ当人ヨリ屹度可取立事
一役夫賃銭ハ切手賣捌代金之外各区傳達所ニテ差替へ払置半月々勘定仕上ヶ翌月四日迄ニ元傳達所へ可差出事
一元傳達所ニテハ総区中之勘定仕上ケト切手賣代金ニ差引不足之分一ケ年ヲ通算シ之ヲ民費ニ課スヘキ事
傳達切手之図
五里以内ハ一枚ヲ張リ十四里以内ハ二枚十五里以内ハ三枚ヲ張リ差出可申事
御用元払ノ分ハ紅紙先キ払ハ白紙
私状ハ黄紙之事
日々刻付

公状配達順序並里程遠近
一番山形ヨリ十五区十六区十八区廿
八区廿七区三十区卅一区卅二区卅三区十六区ヨリ
枝道廿五区廿四区廿六区廿九区弐番山形ヨリ十区十二区十三区十九区廿区廿壹区廿
弐区廿三区
三番八区六区
四番九区七区
五番十四区十壹区
五里内五区ヨリ廿壹区迄十里内廿二区ヨリ三十一区迄拾五里内三十二区ヨリ三十三区迄
私用状定日ヲ以管内ヲ一周スル順序
私用状定日ヲ以管内ヲ一周スル順序
山形ヨリ拾四区拾壹区九区七区六区八区拾二区拾三区拾九区二十区廿一区廿二区廿三区廿四区廿五区廿六区廿九区三十二区卅三区卅一区三十区廿八区廿七区拾八区拾六区拾五区拾区ヨリ山形二入ル右ハ毎月六度ツヽ周廻往復スル事本寮郵便決議簿
郵便課第四号
この上申書は、「福島から米沢通、青森本道、左澤酒田道については郵便が開通しているが、山形県管内の商旅不通の村々においては、まだ郵便が開通する予定が立っていない。また現状で郵便を開設しても国の損失が大きい。従来県庁よりの布告状廻達、戸長呼出しなどの公状逓送方については細則が定められていないので、郵便本法に基づいて管内限りの公状伝達方法を設けたい」というものである。
これに対し、駅逓寮は次のように回答している(35)。
□□日寮議八月十三日達
御管地郵便本法ニ倣ヒ公私傳達所ヲ設ヶ逓迭賃銭之不足ヲ民費ニ課シ傳達切手新造之儀等之云々御聞合之趣致承知侯右者官状傳達所ヲ御取設ハ御都合ニ相任候得トモ役夫賃銭之不足ヲ民費ニ課シ侯ハ如何可有之哉且傳達切手製造之儀者當寮之見込ニ難決全体郵便切手ハ紙幣ヨリ重ク認ル者各国之風習矢張御国内モ同様之儀卜存候然ル上ハ御県之御主断ニモ相成間敷侯間彌々御新製之思召ニ侯ハヽ更ニ大蔵省エ御伺相成度卜存侯私書傳達之儀ハ郵便規則ヲ以テ御取扱御管下遍ク傳達相成侯様猶一応方法御取調相成度御廻答旁傍如是二候也
駅逓寮
山形県御中
駅逓寮としては、官状の伝達所を設けることは県に任せるとしているが、その費用を民費に課すのは如何なものかと否定的である。切手の発行については紙幣と同様なものであるので大蔵省の判断が必要としており、県による切手発行に否定的な見解を示している。
(8)九州の事例
九州各県における公状伝達の状況については、高橋善七が『近代交通の成立過程』において詳しく述べている。それによると、各県とも郵便開業以前は、公設飛脚、伝達所、村継、郷付継など名称はさまざまであるが、管内の公状伝送ルートを設け公用状の往復を行っていた(36)。
郵便開通後も、福岡県、小倉県、佐賀県などでは、公用状の量目によって、郵便によるものと宿継などで行うものとを分けて送達している。また、公用状の定日の差立日を設けているが、それで間に合わないものは、仕立便や郵便の別配達によって差し立てていた(37)。
熊本県では、肥後藩の藩内宿継ルートに即して、県内各郷に12ヵ所の伝達所を設け、それぞれ分担地区から戸長に伝達していた。
大分県では定日の差立規則を定めていたが、県庁各課はそれを順守せず、緩急にかかわらず日々差し立て民費の負担をかけているので、再度四と九の定日を定め陸運業者(後に内国通運)に県費で委託して行った(38)。
宮崎県では、街道の宿継によって公状送達を行っていたが、宿駅のみの経費では負担が大きいので、管内総高割の民費として行っている(39)。
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注
(34)『駅逓明鑑』第八巻四篇官信遞送並ニ公私飛脚ノ部其五、3-4頁。
(35)『駅逓明鑑』第八巻四篇官信遞送並ニ公私飛脚ノ部其五、3頁。
(36)福岡県、佐賀県、長崎県は公設飛脚、熊本県は伝達所、大分県は公翰逓送、宮崎県は村継、鹿児島県は郷継で行われていた(高橋善七『近代交通の成立過程』吉川弘文館、1970年、505-516頁)。
(37)旧福岡県文書(明治7年12月24日)〔資料365〕、小倉県第90号(明治7年7月10日)、小倉県甲第20号(明治9年2月27日)〔資料367、368〕(高橋、前掲書、507-511頁)。
(38)熊本県伝達所配置状況(明治6年4月調)、戸長より白川県県権令宛飛脚賃御下渡願書(明治7年20)〔資料370〕(高橋、前掲書、512-514頁)。
(39)宮崎県布告(明治6年3月)〔327〕(高橋、前掲書、515-516頁)