論文 幕末・明治初期における公用通信制度(8)

井上 卓朗(いのうえ・たくろう)
「月刊 たんぶるぽすと」Vol.53-2021

(*著者・株式会社鳴美・資料所蔵館の厚意により転載の許諾をいただきました。メイン写真は信州安北アルプスと菜の花畑。サイト管理人)

3 地方管内公状送達制度の郵便制度への移行

地方管内公状送達制度は、土佐藩から同一の県に移行した高知県、熊本県のように、江戸時代からの制度を活用できた県と、新たな行政区分により成立した千葉県、埼玉県のように新たな公用通信ルート設定しなければならなかった地域とに分かれる。

明治6年以降、民営飛脚が禁止されたため、飛脚を利用し自前の送達手段を持たなかった府県も、脚夫による自前の公状送達制度を用意しなければならなくなったものと考えられる。

明治6年5月、太政官布告第159号により、人民諸願伺などは役所に出頭せず、郵便で差し出すことが可能となった(40)。地方管内の公状送達制度も、これに対応した形で戸長役場へ配達するだけでなく、戸長役場からの請願、進達書類も自前で回収して県庁各課へ配達を行うことになった。

明治11年7月には、地方三新法が制定され、郡区町村編制法により管内の行政区が変更されると、送達ルートの変更等の対応を迫られた。

このように、地方自治体としての体裁が整えられ、行政制度が充実していくとともに、管内における通信の重要性も高まっていった。各府県は自前の公状送達制度を次第に充実させていったが、その運営経費は大きな負担となったと考えられる。

公状送達が各府県による自前の送達制度によって行われた最大の要因は、郵便が各府県の発する公状などを、期限内に各府県の行政区全域に届ける能力を有していなかったことにある(41)。郵便開設地域においては、各府県とも郵便を利用している。最終的には、すべて郵便制度によって行われることが最も合理的な解決策であった。

明治13年には、郵便犯罪罰則規定が改正され、諸官状公状公訴の書状についての政府専掌からの除外項目が削除された。これにより、これまで述べた地方管内の公状送達はすべて郵便で行うことが原則となった(42)。

各府県の公用通信インフラを郵便ネットワークに取り込むために設けられたのが「特別地方郵便制度」である。この制度は各府県によって名称が一定せず、「地方特別郵便」「地方郵便特別法」とも呼ばれ、単に「地方郵便」と表記されている場合もある。

この制度は、各府県と駅逓局が個別に契約(約束)を結んで、県内の公用文書送達を郵便局が行なうものである。契約を結んだ府県は前年度の差出郵便物数に相当する郵便料金を一括前納する。その代わりに差出す郵便物には切手貼付を要しないという郵便制度である。そのため、「明治十四年郵便規則および罰則」第1条第4節の「郵便税ハ必ス郵便切手ヲ以テ払フヘキコト」の後に「但駅逓総官卜特別ノ約束アルモノハ此限ニ在ラス」という但し書きが追加された(43)。

最も早くこの制度を取り入れたのは明冶13年1月から実施した埼玉県と思われる。府県史料によると、「埼玉県は明治12年12月に布告布達印刷書類を頒布する特殊逓送の方法を創設し翌年1月より施行する」とあり、その経緯を「明治11年の郡区町村編制法施行後、布達類の配達は従前区画の時の例により、通常のものは郵便とし、重量のあるものは脚夫により各郡役所に配達し、郡役所からさらに脚夫を以て各村の戸長役場に配布していた。

しかし、以前の区務所部内と異なり、その所轄範囲は広く、そのため費用も増加し、かつ不便をきたすようになった。そのため、試みに郡役所を経由せず、すべて郵便で戸長役場に直接発送したところ、管内おおむね4日以内に届けることができた。また、市外郵便の物数が増加することは郵便にとっても利益があり、埼玉県にとっても1回の公状送達費を19円余り減少させることができた。そこで、駅逓局と商議し地方特別郵便の方法を考案した。」とし、その手続きが掲載されている(44)。

千葉県についても、同史料に「明治15年1月から管内地方郵便を施行。それまで郵便局未設置地域の村落(市外地域)には郵便ポストも切手売捌所も全く無かったが、これにより、戸長役場に切手売捌所が設けられ、役場前には悉く郵便ポストが設けられた。」と記載されている(45)。

鹿児島県では、明治14年、県内の郡役所・戸長役場に特別地方郵便の大意を次のように説明している(46)。

○地方郵便大意
一、県庁郡役所各警察署派出所監獄署戸長役場ノ間 ニ互送スル公文書類及県庁郡役所ヨリ管内或ハ部 内ヘ速書又ハ人民ヨリ差出シタル請願伺指令書其 他人民召喚状ノ如キ公用書類ハ総テ郵便切手ヲ貼 付セサル事
一、郵便局之ナキ町村ヘハ郵便切手売下所ヲ設置シ郵便函ヲ設ケ該町村ヨリ差出ス郵便物ハ該函へ投入セシメ各郵便局於テハ各村巡回集配人ヲ置キ毎日若クハ隔日各町村切手売下所投函ノ書状等ヲ取集メ又ハ役場及ヒ人民へ達スヘキ郵便物ヲ配達セシムル事
一、郡役所在地郵便局ニ限リ各町集配人ノ外特ニ郡内巡回集配人ヲ置キ毎日各郵便局ヲ巡回セシメ郡役所ヨリ戸長役場等江達スヘキ公文書類ヲ各郵便局へ配達シ又戸長役場ヨリ郡役所等へ差出スヘキ公文類ノ各郵便局ニ集リアル分ヲ取集メシム事
一、地方郵便ニ属スル公文類悉皆切手貼付セサルニ付該経費トシテ十三年度仕払タル実費郵便税額ヲ目安トシテ各役場ノ分一括ニシ一ヶ月何百円ト定メ駅逓局へ収ムヘシ

熊本県では、特別地方郵便制度を導入するにあたり、各郡区役所に

「公用書類等ハ郵便規則ニ拠リ逓送配達侯儀ハ一般之公則ニ候得共遅延等モ有之実際差支侯ヨリ無余儀便宜方ヲ以逓送ノ向モ有之哉二相聞候処茲ニ一ノ良法アリ即チ地方郵便特別法是ナリ此方法ヲ布クトキハ官民間ノ公用ハ勿論自然人民往復ノ信書モ速達スヘキ便法ニシテ既ニ実施経験地方モ有其方法書駅逓局ヨリ差廻侯ニ付管内ニモ官民便宜ノ為メ右方法施行ノ儀其筋へ可及稟議ニ付(以下略)」

と布達した(47)。

また、「これまで公用書類等の送達は郵便を使うと 遅延することもあり、県の公用便で行なってきたが、 この地方郵便特別法を行なえば、官民間の公用は勿 論、自然人民往復の信書も速達される便法である。」と 説明している。

特別地方郵便法は、郵便局が設置されていない戸長 役場に村内の配達や郵便箱の開函などの郵便局業務を 代行させるなど、県庁による自前の公用状管内逓送制 度と郵便制度を融合させた制度であり、郵便網が末だ 整備されてない末端部分を行政が一部代行するという 便宜的な制度であった。

しかしながら、この制度がもたらした最大の成果 は、郵便局、集配ルート、集配回数、郵便ポストの増設にあった。『中外郵便週報』は、特別地方郵便法を実施した県の状況を次のように伝えている。

『中外郵便週報』第1号(明治14年1月3日)
 宮城県にては是まで県庁と郡区役所との間に往復する公用書状を総て別便にて差立られたりしを先年一二月より全たく郵便一途に帰せしめ書留にて各地逓送の方法を設け之がために郵便局六十三ヶ所を設け且つ戸長役場の在る土地には函場を置き郵便切手売下所も二百四十四ヶ所へ命ぜられ県庁への線路は都て毎日往復と定められたり官民公私の便利いかばかりぞや

『中外郵便週報』第53号(明治15年1月2日)
 岡山群馬千葉乃三県下は本月本日より管内地方郵便方法を改正し各局市内外をも定期集配となし且つ各所へ郵便函と切手売下所を設置し其数群馬は三百五十一ヶ所千葉は六百七ヶ所岡山は千六十ニヶ所なりと云えは公私の便利いかばかりならん

このように、特別地方郵便法を導入した府県は、一挙に郵便施設と集配網が広がり、公用だけでなく、一般庶民の利便性が急激に高まったのである。

4 むすび

明治政府は、封建制度を過去のものとして清算するために、さまざまな施策や改革を矢継ぎ早に行った。そのため、布告などの伝達のための全国的な通信制度を必要としていたが、明治3年に前島密によって公用のみならず一般人民にも利用可能な新式郵便制度の提案があった。

新式郵便制度は、江戸時代の公用通信インフラである駅制を改革することにより、旧街道の宿駅を郵便取扱所とすることで誕生した。これは五街道を中心とした駅制(公用通信インフラ)を郵便ネットワークに転換したものであった。

しかし、新式郵便制度は、中央官庁から各府県庁への公用通信を可能とするレベルであり、それらを戸長役場レベルまで期限内に送達できる能力を有しなかった。そのため、各府県は管内に独自の公用文書送達制度を設けざるを得なかった。

駅逓寮は、明治6年から一般国民の郵便利用を勧奨するため、地方管内の官民往復郵便を低料金化するなどの勧奨施策を実施するが、各府県庁自身が公用通信に郵便を利用するためには、各府県が設けた公用文書送達制度と同様の能力を有する郵便集配網を広げる必要があった。

そのため、各府県と駅逓局は「県内の公用文書送達を郵便で行う契約」を各個に結び、この契約を結んだ府県管内の集配施設を一挙に増加させ、管内にあるすべての戸長役場までの配達を可能とした。その結果、公用だけでなく一般国民の郵便利用が管内全域で可能となった。

そして、明治16年には、公用も含めて完全な均一郵便料金を制度化した「郵便条例」が施行され、近代郵便制度が完成したのである。(完)

ーーーー

(40)明治6年5月、太政官布告第159号「従前尋問諸請願伺等聊ノ事件ニテモ其本人ヘ戸長差添管轄庁ヘ罷井出候趣の処自今一ト通ノ事件ハ可成丈封書ヲ以郵便ニ託シ管轄庁ヘ差出シ指令ノ儀モ同様郵便ヲ以本区会所ヘ相達候様可致尤各地方官ニ於テ実際見計ヒ本人直ニ持参為致候儀等便宜斟酌ハ不苦候事」
(41)ここで言う能力とは、送達にかかる時間の問題であり、郵便を届けることができないという意味ではない。
(42)明治13年「日本帝国郵便規則及罰則」内閣記録局編『法規分類大全』運輸門第4郵便、531-534頁。
(43)「明治十四年郵便規則および罰則」第1条第4節、2頁(郵政博物館蔵)。
(44)明治12年12月24日埼玉県乙第103号「埼玉県史料15」『府県史料』内閣文庫(郵政博物館府県史料マイクロ複写本)。
(45)明治14年12月14日千葉県乙第29号「千葉県史料」『府県史料』内閣文庫(郵政博物館府県史料マイクロ複写本)。
(46)鹿児島県乙第186号〔資料374〕(高橋、前掲書、517-518頁)。
(47)熊本県第907号〔資料375〕(高橋、前掲書、518-519頁)。

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