論文 幕末・明治初期における公用通信制度(8) 2026.05.16 日本郵便史の知識 井上 卓朗(いのうえ・たくろう)「月刊 たんぶるぽすと」Vol.53-2021(*著者・株式会社鳴美・資料所蔵館の厚意により転載の許諾をいただきました。メイン写真は信州安北アルプスと菜の花畑。サイト管理人)3 地方管内公状送達制度の郵便制度への移行地方管内公状送達制度は、土佐藩から同
論文 幕末・明治初期における公用通信制度(6) 2026.05.08 日本郵便史の知識 井上 卓朗(いのうえ・たくろう)「月刊 たんぶるぽすと」Vol.51-2021(*著者・株式会社鳴美・資料所蔵館の厚意により転載の許諾をいただきました。メイン写真は高知県仁淀川。サイト管理人)(4)高知県での事例土佐藩では公用文書送達のための村送り制度が存在していたが、廃藩置県後の明
スラリとした印象の2階建て洋風局舎の旧川田谷郵便局 2026.03.31 レトロ郵便局舎 旧川田谷郵便局の概要川田谷郵便局(かわたやゆうびんきょく)と読みます。川田谷村(かわたやむら)は、かつて埼玉県北足立郡に存在し、現在の桶川市西部、大字川田谷にあたります。昭和30年(1955年)3月10日に桶川町と合併し廃止されました。村名は「川の端の地」を意味し、古くは南北朝期から「川田谷」と
日光脇往還の宿場町として栄えた高萩宿の名残を止める旧日高郵便局(高萩郵便局) 2024.10.29 レトロ郵便局舎 旧日高郵便局の概要現在の日高郵便局はかつて高萩郵便局という名称でした。そもそもの高萩宿は、江戸時代に日光脇往還の宿場町として栄えた地域で、現在は埼玉県日高市の一部です。高萩村(たかはぎむら)は、埼玉県入間郡にかつて存在し、現在は日高市の東部にあたります。この地域は武蔵野台地の西寄りに位置し、小畔
「飯能の奥座敷」と呼ばれた地域にある旧原市場郵便局 2024.09.20 レトロ郵便局舎 旧原市場郵便局の概要原市場郵便局のある原市場は自然豊かな地域で、名栗村との合併以前は「飯能の奥座敷」と呼ばれていました。山あいに住宅地が広がり、のどかな風景が特徴です。原市場川が流れる風景は美しく、春には桜、夏には緑、秋には紅葉、冬には雪景色が楽しめます。また、近くには天覧山や多峯主山へのハイキ
横田診療所として活用されていた旧越ヶ谷郵便局 2024.07.16 レトロ郵便局舎 旧越谷(越ケ谷)郵便局の概要越谷市自体は、江戸時代に日光街道の宿場町として栄え、現在は埼玉県の南東部に位置する中核市で、人口は約34万人となっています。市名の由来は、大宮台地の麓にある低地、すなわち「越ヶ谷」から来ています。市は1958年に市制施行され、その後急速に都市化が進みました。越谷駅は東
昭和8年に川越市駅前郵便局として設置|旧川越六軒町郵便局 2022.07.19 レトロ郵便局舎 旧六軒町郵便局の概要川越六軒町(かわごえろっけんまち)郵便局は昭和8年6月1日に川越市駅前郵便局として設置された郵便局で、昭和17年9月に現在の名称に改称されました。開局から一貫して無集局となっています。なお、川越市駅は大正3年5月1日に東上鉄道の川越町駅として開業しました。六軒町の住民が寄附し
中山道の通信を支えた文化財局舎|旧本庄仲町郵便局 2022.02.21 レトロ郵便局舎 旧本庄仲町郵便局(旧本庄郵便局)の概要埼玉県北部の本庄宿は中山道六十九次の中で、武蔵国最後の宿場町であり、規模としても最大の宿場町でした。そんな交通の要所に本庄郵便取扱所ができたのは明治5年7月のことでした。国指定の登録有形文化財となっている局舎は昭和9年の旧本庄郵便局舎です。本庄郵便局は昭和3