黒川油田の開発とともに歩んだ重要文化財の局舎|旧羽後黒川郵便局

旧羽後黒川郵便局の概要

大正3年(1914年)5月25日夜12時頃のことでした。日本石油五号井(三浦家所有地)から突然大量の石油が自噴し始めたのです。まもなく八郎潟の湖面の約2/3が原油で覆われました。ほどなく五号井近くに日本石油の社宅ができ、関係者約500名が暮らす大きな集落が誕生しました。地域の通信需要も高まりをみせ、大正7年6月16日には羽後黒川郵便局が開局しました。局舎は金足黒川の旧家・三浦家住宅の表玄関左側を改造したもので、初代局長は三浦悦郎(14代)でした。

大正・昭和の雰囲気を残す和洋折衷の羽後黒川郵便局の窓口

大正・昭和の雰囲気を残す和洋折衷の羽後黒川郵便局の窓口。朱色に塗られている様式は珍しく、美意識を感じさせる。

旧羽後黒川郵便局の詳細情報

初代局長の三浦悦郎(14代)は昭和21年12月8日まで局長を務めました。その後も三浦姓の局長が2人続いていることから、親戚筋で継承したものと思われます。なお、初代局長の長男の三浦盛典(15代)は復員後、金足農業高校の教諭などを経て、金足村村長(公選)となり、秋田市と金足村の合併を推進しました。さらに秋田市職員・秋田県会議員(3期)へと転身するなど、華々しい活躍をみせました。黒川油田は昭和30年に操業の大部分を停止しますが、郵便局自体は昭和52年10月まで続きました。

和洋折衷の調度品が並ぶ羽後黒川郵便局の局舎内

和洋折衷の調度品が並ぶ羽後黒川郵便局の局舎内

三浦家住宅(旧羽後黒川郵便局を含む)は平成12年から4年間にわたる保存修復工事が行われ、旧郵便局もかつての姿に復元されました。局舎の外部の柱や軒廻りは朱色に塗られ、窓口や事務室なども当時の和洋折衷の調度品とともに保存されています。旧郵便局の遺構からは三浦盛典(15代)が戦地から送った軍事郵便なども発見され、その一部が書簡集として活字化されています。平成18年には江戸時代における秋田地方大民家の発達の頂点を示す重要な建物として評価され、主屋や郵便局舎を含む計8棟が「三浦家住宅」(三浦館)として国の重要文化財の指定を受け、地元有志の方を中心に大切に維持管理されています。

旧羽後黒川郵便局のアクセス

通常は非公開ですが、年数回の一般公開日があります。入場には予約が必要なので、詳細は三浦館保存会のWebサイトを参照し、最新情報の入手をお願いします。なお、本記事の旧羽後黒川郵便局に関する写真は三浦館保存会の許可を得て掲載したものですが、本記事の内容に三浦館保存会は関与していません。

所在地
〒010-0121
秋田県秋田市金足黒川字黒川178番

アクセス
秋田自動車道 秋田北ICより車で約15分、JR上飯島駅よりタクシーで約15分、JR追分駅よりタクシーで約10分

羽後黒川郵便局の執務室

羽後黒川郵便局の郵便局長用の事務机

旧羽後黒川郵便局

三浦館の入り口にあたる門。通常は横の通用門を利用した。

秋田寺内郵便局の基本情報

昭和52年10月24日付の告示にあるように、羽後黒川郵便局から秋田寺内郵便局へ改称し、同時に移転しました。現地で得た情報によると、黒川油田の産油減少から、帝国石油撤退(=従業員の撤退)となり、局としての採算が見込めないことから、閉鎖したようです。移転先(秋田寺内郵便局)は車で20分ほど(13.5km)と離れていますので、三浦館とともに秋田寺内郵便局を訪問される方はご注意ください。

所在地
〒011-0902
秋田県秋田市寺内堂ノ沢1-15-7

秋田寺内郵便局の沿革
大正07.06.16 設置 三等無集局 設置名称「羽後黒川」
昭和16.02.01 特定無集局に改定
昭和52.10.24 現名称に移転改称

沿革は『日本郵便局名鑑 』森 寿博 編著/武田 聡 追補/鳴美、2021年より。

秋田寺内郵便局の風景印(初日)

秋田寺内郵便局の風景印(初日)

なお、本稿作成にあたり、『秋田市金足黒川 三浦家代々記』(三浦晃生発行、第2刷、2010年)を参照しました。

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