高度経済成長期と郵便|昭和30年代

経済成長期の郵便事業

昭和30年代、40年代に入ると、岩戸景気など長期の大型景気に支えられ、日本経済は高度成長を続けました。貿易と外国為替が自由化され、わが国は国際経済の檜舞台で先進各国と肩を並べるまでになっていきます。産業界では業務の情報化やコンピュータ化がはじまります。このような経済発展を受け、郵便事業でもダイレクトメールを中心に郵便の取扱量が飛躍的に増加していきました。

四国総合通信局

愛媛県松山市に所在する日本郵政四国支社(旧四国郵政局)

種別構成の変化

昭和30年度の郵便物数は48億通となり、戦前最盛期の数字までに回復しました。その後も順調に右肩上がりで増加し、昭和43年度には100億通を突破するまでになります。しかし、それまでの第一種書状・第二種はがきが全体の70%を超す種別構成であったものが、昭和40年度には59%に低下し、第三種以下の郵便物が40%を超すまでになりました。第五種のダイレクトメールの増加が大きな要因です。

カラフルな封筒

配達の機動化

郵便集配の機動化が推し進められ、バイクと軽自動車(機動車と総称された)が普通郵便局に、続いて特定郵便局に配備されていきました。バイクの比率が高いが機動車の配備実績をみると、昭和30年度末2千台、昭和50年度末5万台、平成2年度末には8万台となりました。一日の総走行距離は293万キロ、地球73周分に当たります。

文:近辻喜一(ちかつじ・きいち)

近辻喜一さん郵便史研究会会長。『新版・明治郵便局名録』(鳴美、2015年)校訂者として知られ、一般の方にも親しみやすい郵便史の解説で定評がある。多摩地域を中心とする郷土史研究者としての顔も持つ。

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