逓信建築として知られる福岡簡易保険事務センター内にある福岡大濠郵便局 2023.10.20 レトロ郵便局舎 福岡大濠郵便局の概要黒田長政が慶長年間に福岡城を築城した際、博多湾の入り江を外濠としました。昭和2年にここで開かれた東亜勧業博覧会で造園工事を行い、昭和4年に県営大濠公園です。その景観に華を添えるのが昭和9年築の逓信建築として知られる現・福岡簡易保険事務センターであり、その1階に入居しているのが
ネオ・バロックの壮大な逓信省本省庁舎|吉井茂則・内田四郎 2023.01.29 逓信省技師の肖像 木挽町8丁目1番地逓信省本省のあった木挽町8丁目1番地は、郵便というよりも電信との関わりが深い場所で、電信の研究機関と資材倉庫のあった場所でした。明治15年(1882)11月1日には工部省電信局が移転して管理部門となり、一般の電報利用者向けには潮留(止)電信取扱所も同日に設置されました。ところが
モダニズム建築の広島逓信局庁舎|逓信省技師 上浪朗 2023.01.28 逓信省技師の肖像 (図版協力:安藤源成氏)広島と岡山が争った逓信局誘致広島逓信局は逓信省の中国地方の管理機関です。モダニズム建築の庁舎は昭和7年3月5日着工し、昭和8年3月に竣工しました。所在地は広島市中区東白島町19番でした。当時の広島市は、岡山市と逓信局の誘致をめぐって競ったことが知られており、この庁舎は
明治22年の松本郵便電信局舎|初期逓信建築 2023.01.22 逓信省技師の肖像 明治22年の松本郵便電信局舎松本郵便電信局舎は明治22年4月にできた木造局舎です。横浜郵便電信局舎とほぼ同時期の局舎であり、最初期の逓信建築の1つです。当初は木造建家83坪06の小ぶりな局舎でしたが、絵葉書の左手部分が増築されました。増築前は2階屋根のアーチ状の装飾がほぼ中央に来るかたちでした。
明治45年の新潟逓信管理局及び新潟郵便局庁舎 2023.01.19 逓信省技師の肖像 明治29年の新潟郵便電信局舎新潟郵便電信局舎(西堀五番町)は明治29年に完成しました。中島泉次郎が設計したことがわかっていて、同氏の略歴では、明治28年4月11日に担当しています。しかし、明治41年9月4日夜、「菊の湯火事」と呼ばれる大火で焼失しました。新潟市もこの大火を機に思い切った市区改正を
〒マークの入った岡山郵便電信局舎|逓信省技手・中島泉次郎 2023.01.13 逓信省技師の肖像 明治22年の岡山郵便電信局舎下之町の旧本陣の郵便局が明治20年の火災で焼失しました。そのため一帯の土地を買い上げて新築されたのが明治22年の岡山郵便電信局舎です。場所は当時の岡山区下之町71 にあり、現在の表町2丁目天満屋ビル南半分にあります。「開所式では、アーク灯を点灯して見物人で混雑し、当初
簡易保険業務を担った逓信省簡易保険局庁舎|旧三田台郵便局(解体) 2023.01.12 レトロ郵便局舎 逓信省簡易保険局庁舎(東京簡易保険支局・東京簡易保険事務センター・三田台郵便局)の概要かつて三田台郵便局という普通郵便局が東京都港区にありました。設置時点の名称は簡易保険局構内郵便局(二等無集局)であり、逓信省本省の簡易保険局の庁舎内にある郵便局でしたが、郵便はがきや書状などの実逓便も一定数
モダニズム建築の美が光る旧広島逓信診療所|山田守 2022.07.10 逓信省技師の肖像 旧広島逓信診療所の概要山田守は逓信建築を代表する建築家の1人であり、吉田鉄郎と並ぶ存在です。山田は東京逓信病院(昭和12年・現存せず)の設計者としても知られますが、病院建築として最初のものが広島逓信病院旧外来棟です。昭和4年から5年にかけて欧米視察を経て作風が変化していきます。ちょうど山田がモダ
計算し尽くされた緊張感が漂う旧大阪中央郵便局|吉田鉄郎 2022.06.14 逓信省技師の肖像 旧大阪中央郵便局の概要大阪中央郵便局(大阪市北区中之島2丁目)は逓信省技師の吉田鉄郎が設計した局舎の1つで、昭和14年3月に竣工しました。東京中央郵便局が白系統であるのに対して、大阪中央郵便局が黒系統の外壁となっているのは、防空上の理由と当時の大阪のスモッグを考慮して決定されたとされます
旧赤間関・旧京都郵便電信局の設計者|三橋四郎 2022.02.18 逓信省技師の肖像 古典主義時代の逓信省技師三橋四郎は慶應3年(1867)に生まれ、明治26年に東京大学工科大学造家学科を卒業し、当初は陸軍に入りました。明治31年9月1日、逓信省技師に任じられ、約5年間の在職期間中に、10歳上の吉井茂則とともに逓信省の主要な建築の設計にあたりました。赤間関郵便電信局、京都郵便電信
旧横浜市外電話局の設計を担務|中山広吉 2022.02.03 逓信省技師の肖像 博物館として利用される旧横浜市外電話局横浜のみなとみらい線には日本大通り駅があります。日本大通りは慶應2年の「豚屋火事」(関内大火)の反省から生まれた防火帯であり、ひときわ広くつくられた通り沿いは横浜の官庁街として発展しました。その一角に横浜港郵便局があるのはよく知られていますが、その向かいには
旧逓信省簡易保険局庁舎を設計|張 菅雄 2022.01.21 逓信省技師の肖像 旧逓信省簡易保険局庁舎逓信省技師の張 菅雄は、戦前の建築学体系とされる『高等建築学』(昭和8年、常磐書房)の第19巻にある「逓信省の建築」の執筆者であり、逓信建築を語る上でも重要な人物の1人です。張が設計したことで知られるのが、綱町三井倶楽部の向かい側にあった旧逓信省簡易保険局庁舎(のち