明治33年の現役最古の郵便局舎|下関南部町郵便局 2022.03.28 レトロ郵便局舎 下関南部町郵便局(赤間関郵便局・下関郵便局・下関東郵便局)の概要下関は最初の郵便局ができたのは明治4年12月のこと。設置名称は赤間関郵便取扱所でした。赤間関郵便局が電信局と合併して郵便電信局となったのは、明治21年1月20日です。下関郵便電信局になったのは、下関市に改称したのと同じ明治35年6月
郵便創業前夜と前島 密|明治2-4年 2022.03.25 日本郵便史の知識 幕臣時代の前島 密前島密(1835~1919)は天保6年、越後国頚城郡下池部村の旧家に生まれました。医師を志し12歳で江戸に出たのですが、嘉永6年に黒船来航を目のあたりにして、砲台や港湾を見分する全国の海岸線を辿る旅に出ました。兵法・砲術・機関学などを学んだあと、函館の武田斐三郎に入塾、箱館丸で
丸一型日付印の登場|明治21年 2022.03.23 マルコフィリー 日付印の大改正明治21年9月、全国の郵便局で新しく統一された日付印を一斉に使い始めました。この「丸一印」と呼ばれる日付印は抹消も兼ね、東京などは明治33年末、その他の一・二等局は明治38年末、三等局は明治42年末まで、それぞれ使用されました。その型式は、円の真中より少し上を横線で二分し、
丸型ポストとレトロ郵便局舎 2022.03.21 郵便局舎の鑑賞 レトロ郵便局舎の多くは郵便局としての役割を終えたものがほとんどですが、かつて郵便局だった名残で現在も使用可能な郵便ポストがすぐ近くにあって、現在もそのまま使われていることがしばしばあります。ここでは全国各地の郵便局をみて回った中で、特にお気に入りの「丸型ポストとレトロ郵便局舎」の組み合わせが楽しめる
北谷道具博物館として山間部の暮らしを伝える|旧北谷郵便局 2022.03.20 レトロ郵便局舎 旧北谷郵便局の概要北谷郵便局は明治7年7月開設の谷村郵便取扱所を起源とします。一向一揆の拠点となった谷城に近く、明治17年から明治43年にかけて谷郵便局と称してきました。北谷郵便局と改称したのは明治43年10月16日のことです。木造二階建ての旧局舎は大正時代の終わりに民家として建てられ、昭和12
身延山の大工が手掛けた旧局舎|旧小井川郵便局 2022.03.17 レトロ郵便局舎 旧小井川郵便局(田富郵便局)の概要小井川郵便局のルーツを遡ると、明治7年7月にできた布施郵便取扱所に行き着きます。明治8年5月に布施郵便局から小井川郵便局に改称しました。現存する旧小井川郵便局舎は昭和5年頃に身延山の大工(下山大工)によって建てられたもので、木造洋風建築となっています。昭和34年
税済印が使用された地方特別郵便(地方約束郵便) 2022.03.16 マルコフィリー 地方特別郵便(地方約束郵便)前島密の立案した、地方特別郵便(地方約束郵便)制度とは、各府県内の公用文書送達をすべて郵便で行うという契約を、各府県と個別に締結するというもので、明治16年度までに各府県との契約締結をほぼ完了しました。同年度の通常郵便物引受数は一億一一六一万通に、郵便局数は五六六三局
観光案内所・地域の施設としての機能|旧真壁郵便局 2022.03.12 レトロ郵便局舎 旧真壁郵便局の概要真壁郵便局は、明治5年7月1日に真壁郵便取扱所として設置されたのが始まりです。明治33年12月には郵便電信局となりました。登録有形文化財になっているのは昭和2年建築の建物で、昭和2年に第五十銀行(現・常陽銀行)真壁支店として建設されたものです。その後、所有者も替わり、幾度かの転
丸型ポストの街に佇む明治の旧局舎|旧小平小川郵便局 2022.03.08 レトロ郵便局舎 旧小平小川郵便局(小平ふるさと村内)の概要小平小川郵便局は明治13年10月16日に小川郵便局として開局し、明治15年10月から小川村の旧名主小川弥次郎が局長を務めました。その後、明治26年7月に小平郵便局に改称しました。現存の局舎は新たに荒井伊左衛門が明治42(1909)年3月から局長を務めた時
大正時代の旧局舎が現存|旧武生郵便局(M工房) 2022.03.04 レトロ郵便局舎 旧武生郵便局(M工房)の概要福井県における郵便は明治5年7月に始まりました。足羽県では福井・金津・坂井港・大野・勝山の五か所、敦賀県では敦賀・疋田・今庄・武生・佐柿・小浜・熊川・安賀里・高浜の九か所に郵便取扱所が置かれることになります。いずれもかつて宿駅などがあった交通の要衝の地であり、とりわけ
記番印と二重丸印の全国配備|明治6-7年 2022.03.02 マルコフィリー 二重丸印の登場とその背景明治6年3月10日、郵便料金を全国均一にすることと、郵便事業を政府専掌とすることを定めた太政官布告(第九七号)が出され、翌4月1日から実施されました。わが国の郵便史上、もっとも重要な布告の一つです。この均一料金制導入に呼応して、三府五港の郵便役所に新型の日付印が配備されま
飛脚はどれくらいの費用だったか 2022.03.02 日本郵便史の知識 飛脚問屋の賃料巻島隆『江戸の飛脚』によると、慶応三年(1867)、大坂から江戸まで書状一通を運ぶ飛脚賃は、並便(15日ほど)で銀一匁、六日限の早便が銀三匁五分、三日半限の仕立便は金十一両でした。金1両=銀60匁=1万円で換算すると、並便150円、早便600円、仕立便11万円くらいに相当します。仕